【イベントレポート】経営学者・楠木建氏が語る
「人を生かせる合理化」とは
〜第1回ゴウリカ経営者カンファレンス開催〜

「人に寄りそう合理化」で企業変革をサポートするゴウリカマーケティング株式会社(本社:東京都 渋谷区、代表取締役:岡本賢祐)は、2024年9月25日(水)にザ・リッツ・カールトン東京にて「第1回ゴウリカ経営者カンファレンス」を開催いたしました。

「DX、AI、データサイエンス」といった効率を重視した取り組みだけでなく、「ESG、パーパス経営、人的資本経営」をはじめとした人間性に寄りそうマネジメントも不可欠──そんな「人を生かせる合理化」をテーマに、本カンファレンスでは、経営学者で一橋ビジネススクール教授である楠木建氏をお招きしての講演と、編集家の松永光弘氏と弊社の岡本賢祐を交えた鼎談を行いました。

2024年9月25日(水)ザ・リッツ・カールトン東京にて

「ゴウリカ経営者カンファレンスについて」

今の時代、「DX、AI、データサイエンス」といった「合理化」の取り組みが現場に浸透するなか、「ESG、パーパス経営、人的資本経営」という言葉が注目されるように、人間性に寄りそうマネジメントが注目されるようになってきています。私たちは、現代経営に欠かせない「合理化」の取り組みを、かたちだけのものに終わるのではなく、真に組織や行動を変えるものにするには、「人を生かせるものになっているかどうか」にかかっていると考えています。本カンファレンスでは、そんな「人を生かせる合理化」をテーマに、各界の識者やトップランナーたちを講師として招いて、日本を代表する企業のトップの皆様とともに「真の合理化のあり方」の考える場をつくることで、今後の日本企業の更なる発展に貢献していきたく考えております。

【ゴウリカカンファレンスの開催概要はこちら】
https://gourica.co.jp/news/20240823/

登壇者

【講演・鼎談】

楠木 建(くすのき けん)氏

経営学者 / 一橋ビジネススクールPDS寄付講座競争戦略特任教授

専攻は競争戦略。企業が持続的な競争優位を構築する論理について研究している。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋ビジネススクール教授を経て2023年から現職。著書として『経営読書記録(表・裏)』(2023年、日本経済新聞出版)、『絶対悲観主義』(2022年,講談社+α新書)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年,日経BP,共著)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年,東洋経済新報社)などがある。

【鼎談】

松永 光弘(まつなが みつひろ)氏

編集家

1971年、大阪生まれ。「編集を世の中に生かす」をテーマに、メディアにおける活動だけでなく、企業のブランディングや発信、サービス開発、教育事業、地域創生など、さまざまなシーンで「人、モノ、コトの編集」に取り組んでいる。20年あまりにわたって日本を代表するクリエイターたちの書籍を数多く世に送り出してきた、クリエイティブ系書籍編集の第一人者。国立大学スタートアップをはじめとした複数の企業のアドバイザーもつとめており、顧問編集者のパイオニアとしても知られている。自著に『「アタマのやわらかさ」の原理。クリエイティブな人たちは実は編集している』、『ささるアイディア。なぜ彼らは「新しい答え」を思いつけるのか』、『伝え方──伝えたいことを、伝えてはいけない。』がある。

岡本 賢祐(おかもと けんすけ)

ゴウリカマーケティング株式会社 代表取締役

名古屋大学経済学部を卒業後、2001年にコニカミノルタに入社。一貫して新規サービスや事業の立ち上げに従事。医療ITからマーケティングまで幅広く経験し、海外販社でのマネジメントやM&Aにも従事。多くの失敗と少ない成功を経験し、2015年よりコニカミノルタマーケティンクサービスジャパンを立ち上げ社長に就任。大きく成長したのち、2022年にコニカミノルタを退社し独立。2023年にコニカミノルタマーケティングサービスジャパンと合併し、ゴウリカマーケティングを設立し社長に就任。

「人を生かせる合理化とは」

本カンファレンスは、主催者であるゴウリカマーケティングの代表取締役岡本賢祐の話からスタート。ご出席いただいたみなさんへの感謝を述べるとともに、「経営者として9年ほど、生産性向上を日々考えてまいりましたが、意識してきたのが、人を生かす合理化とは何かということ」「本当の意味で人を生かす、かつ生産性を向上する道があるのではないか。今回の講演シリーズではそれを探りたい」と企画の趣旨を語りました。

続く本篇の第一部となる講演には、楠木建氏が登壇。競争戦略の基本原理をベースとしながら、その延長上でテーマの「人を生かせる合理化」について持論を展開し、ウィットに富んだトークで参加者を惹きつけました。

第1回 ゴウリカ経営者カンファレンス

第一部:楠木建氏による講演「人を生かせる合理化とは」

本当に大切なのは「好き嫌い」

楠木氏は、ものを考える時に概念と対概念をセットで捉えていると言います。その意味で「人を生かせる合理化」というテーマに関して注目したいのは「良し悪し」と「好き嫌い」。「氷山に例えると、水面上に顔を出している部分は、社会的なコンセンサスが成立している価値観で、“良し悪し”で判断されることが多い。一方、水面下には特定の組織や個人特有の価値観があり、それらは多くの場合“好き嫌い”に基づく。仕事の判断においては、“良し悪し”をベースとして判断がなされることがほとんどで、“好き嫌い”はリスクになると考えられがちだが、本当は“好き嫌い”こそが大切で、そこにこそ理がある」と楠木氏は語りました。

違いを生みだすのは「ベター」ではなく「ディファレント」

さらに競争戦略の観点から、競合に対する、企業自体や自社の製品・サービスの“違い”がどう生まれているのかを解説。「ベター」と「ディファレント」という言葉をあげて、「ベターで違いを作ると、いたちごっこに陥りやすく儲けにつながりにくい。そしてベターには必ず終わりがある」「例えば『1日10分でできるダイエット』という本が出ると、『1日5分で…』という違いをつくる本が出てきて、それが3分になり、2分になり、1分になり、ついには0分になる。ベターで違いをつくるとはこういうこと。終わりが見えている」と指摘。

その上で、90年代に急成長したデルコンピュータの「ダイレクト・モデル(BTOを基本として見込み生産をしない、自社工場で組み立てる、先端的な技術を過剰に追わないなどの方策をとった独自の供給・販売システム)」を例に挙げ、「ディファレント」のポジションの重要性を訴え、「違いをつくる競争戦略とは、他社に対してディファレントになることである」「ポイントは、リーダーが“何をしないか”を決めたことにある」と主張しました。

「あそこを目指そう」は掛け声であって意思決定ではない

続いて、楠木氏は「同時代性の罠」として「旬の言説に乗ることの危険性」について問題提起。「新聞雑誌は10年寝かせて読め。時間が経ってから振り返って見れば、流行ではない本質がわかるし、大局観も身につく」という自身の「逆タイムマシン経営論」を引き合いに、時代ごとに語られている流行の言説の信憑性について、疑問を投げかけました。「過去の雑誌や新聞の記事を見てみると、どの時代にもやたらと『激動期』『産業革命』『戦後最大の危機』といった言葉が躍っている」「そんなものに乗せられて、“あそこを目指そう”なんて方針を立てるのは、高校の野球部員に“目指せ甲子園”と言っているようなもの。実現性が乏しい、ただの掛け声にすぎない」。旬の言説に乗ることは、ひいては意思決定の錯誤の原因になると説きました。

戦略的意思決定=何をしないか

楠木氏は、戦略的意思決定の本質についても言及。「正しいことと間違っていることのうちのどちらを選ぶか、という選択を迫られれば、ただ正しいことを選べばいいだけ。そこに意思決定はいらない」「実際の経営では、正しいことと正しいことのうちのどちらを選ぶか、というものがほとんど。良し悪しの基準で選ぶことは難しい」と説明し、意思決定にとって大切なのは好き嫌いなんだと結論づけました。さらに「二流の経営者はすぐに一理あるという。でも世の中に一理ないものなんて存在しない。異なる理のどちらをとるのか。それが意思決定」としたうえで、戦略的意思決定の正体は「何をやらないか」を決めることにあるとしました。

インセンティブでは限界がある

「なんでもインセンティブで片づけすぎじゃないかと思う」と語る楠木氏。「たしかにインセンティブには努力を強制する力があり、それによってスキルが向上し、生産性が上がる可能性がある」としつつも、「インセンティブには限界がある。仕事における最強の論理は好きこそもの上手なれ、だ」と主張。「仕事の起点が“好き”だと、努力の娯楽化が生まれ、継続的に無意識の錬磨がなされる。上手になるし、余人をもって代えがたい存在にもなる。成果も出る。人の役にも立つ。人間は単純なもので、そうなればその仕事をさらに好きになって、好循環が生まれる」。さらに「がんばるというよりは、凝ってるなという状態。これがいちばん成果が出るし、生産性も上がる」とし、良し悪しではなく、好き嫌いを仕事に持ち込むことの重要性を再確認しました。

「人を生かせる合理化」は自らの「理」を選択できる状態

最後に楠木氏は、「ほとんどのことは個人の好き嫌いで決まっている。個人の好き嫌いを尊重すべきで、過剰に他人の意見に関心を持つ必要はない。意見が違っても気持ちよく放置できるのが成熟した社会」とした上で、昨今、高い注目を集めている人的資本経営のあり方として、「まず日常的に個人がバンバン好き嫌いを語り、経営がそれを包摂する。それぞれが好きな仕事を思いっきり凝ってやれる状態が最も生産性が高い」と分析。「人を生かせる合理化とは、自らの理をそれぞれが選択できる状態であり、逆にいえば、それ以外の理を捨てられることだ」と結論づけて、講演を締めくくりました。

第二部:楠木氏・松永氏・岡本による鼎談

第二部では、第一部の講演を踏まえて楠木氏と松永氏、岡本による鼎談を実施。テーマをさらに掘り下げた話が展開されました。

岡本

スタートアップ企業であれば、社員数も多くはありませんから、個々の理を重視することはできます。でも、大企業だと個人の理をきちんと重視するのはなかなか難しいのではないでしょうか。

楠木

少し話はそれますが、実は家庭の経営の方が会社の経営より難易度が高いとぼくは思っています。それは幸せというものがそもそも多義的だからです。その点、今の話は、こうしたらもっと儲かるという一義的なものだけに、企業であれば嫌な顔をする人はほぼいないはずです。儲けるためにこの理をとる、そうでない理を捨てる、という話ですから、規模が大きくなっても、それほど理解しづらいことではないだろうと思います。

松永

個人の好き嫌いは、表面化していないことが多いと思うのですが、実際問題として、それを職務に反映させるには、経営者としてどういう取り組みが必要でしょうか?

楠木

個人にとっての理は、好き嫌いの“好き”です。それをくみ取るにはまず一人ひとりの好き嫌いを徹底的に表明させることですね。そのうえで理解することが大切です。

松永

あくまで“好き”を表明してもらうということですね。よく強みは何かという話になりますが、それだと良し悪しの話になってしまいがちだということですか?

楠木

そうですね。組織は、そもそも得意なことが異なる人たちが集まっているところで、それぞれが補完的な関係になって成果を上げています。それが機能分業なのですが、そこに好き嫌いを反映させたほうが生産性が高まるということです。

松永

もう少しだけ具体的にうかがいたいのですが、例えばあるプロジェクトを進めていくとしたら、そこに対して、好き嫌いを持っている人たちの能力を当てはめていく、というような考え方をすればいいのでしょうか?

楠木

その通りです。そして、そのためには一人ひとりの好き嫌いが識別されている必要があります。理想をいえば、テクノロジーの力で、好き嫌いがデータベース化されて、マッチングしてくれるシステムのようなものがあるといいですね。

岡本

私たちもスタートアップで始めた頃は、自分の好きなことをやって成果を出したいと思っていたし、モチベーションも高かったのですが、ある程度会社が大きくなってくると、つい良し悪しで役割を考えてしまい、ともすると好き嫌いはけしからんという雰囲気が出てきたりします。当然それはモチベーションにも関わるし、成果にも関わるわけですよね。 

楠木

そうなんですよ。究極的には企業は儲かればいいわけですから。成果の出るほうを選ぶべきです。だから、僕はメンバーシップ型雇用というのが信じられないんですよ。仕事はジョブで、会社は仕事のための組織なので、定義からしてジョブ型しかありえない。ジョブ型家族って嫌じゃないですか(笑)。それと同じくらいメンバーシップ型雇用は妥当ではないと思っています。だから、個人の好き嫌いを見ていこうというのは、本当はすごく単純な話なんです。そのほうが儲かりますよね、ということですから。

松永

個人の目線でみれば、まさに「仕事は他人のためのもの」ということですね。

楠木

仕事は価値の交換ですからね。個人としても役に立たないと意味がない。その鍵を好き嫌いが握っているということですね。

この後、会場からは「好き嫌いをどうすれば引き出せるのか」「好き嫌いを尊重していくことの懸念」といった質問が寄せられ、そのひとつひとつに対して楠木氏から丁寧な回答がなされました。真剣に話に耳を傾けつつ、時には笑いもありつつの、あっという間の1時間でした。さらに、本篇終了後には、懇親会の場が設けられ、楠木氏を交えて参加者同士の交流が行われました。

盛況のうちに幕を閉じた第1回ゴウリカ経営者カンファレンス。今後も各界の識者やトップランナーをお招きし、様々な方々と議論を重ねてまいります。

※本文、講演内容を抜粋し、要約のうえ掲載しています。

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